赤沢自然休養林・上松町ぶらりブログ

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zoom RSS 祝、日本遺産認定。さあ木曽を語れ。

<<   作成日時 : 2016/04/26 11:32   >>

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4月26日火曜日、晴れ。
晴々しい朝、朝刊に日本遺産認定の記事が踊りました。

太郎「昨日は、赤沢渓谷の保護管理協議会が総会を開いたぞ」
美林「その席で、日本遺産の動きを話したばかりだったのにね」
太郎「そうなのだ。そして夕方には、本当に認定されたとのニュースが流れたのだ」

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美林「木曽といえば中山道や宿場町のイメージが強いけど、今回の日本遺産は、そのイメージだけで選定されたわけではないのね?」
太郎「もちろん、各地とは違った特色がないと、事前審査すら通らない。木曽の場合、優良な木材を産出できた故、人々の暮らしや文化が形成されていった過程をストーリーにしたのだ」
美林「申請のために苦労した南木曽町をはじめ、全市町村に物語があるのね」

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美林「で、上松町の場合はどんな物語があるの?」
太郎「上松には、残念ながら江戸時代のような宿場の町並みは残っていない。昭和25年の大火をはじめ、度重なる火災で焼失してしまった。しかしこれも、木材産業とともに歩んだ地域の宿命のようなもの。でも上松町は、森林で木曽のストーリーを語れるのだ」
美林「そして森林鉄道ね。林業を担い、国内最後の路線が王滝村まで続いていたわ」

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太郎「時代は江戸時代初期に遡る。徳川家康が幕府を開き、戦国時代が終わって建築ラッシュが訪れた。木曽の森林は、膨大な木材需要によって失われてしまった」
美林「そして、木1本首一つとまで恐れられた、厳しい森林保護政策が始まりました」
太郎「地元住民でさえ、指定された木々の伐採は禁じられたから、それ以外の木材で暮らしを支えなくてはならなくなった。で、幕府も地場産業を推奨して、木曽漆器などが根付いていった、と」

美林「木曽だからと言って、昔の宿場の家々がすべて木曽ヒノキ製かと思っていたら、全く逆なのね」
太郎「そこに当時の人々の苦労が垣間見えるな。近くに見事なヒノキが生えてても、下手に切ったら処罰されてしまう」
美林「その保護政策から生まれ育ったのが、現在の赤沢自然休養林なのです」

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太郎「…上松では江戸時代に材木役所が置かれていて、近代では運輸営林署が森林鉄道の運材も行っていたから、どちらかというと幕府や国側の動きがわかりやすいかもしれないな」
美林「400年前の林業政策が無ければ、赤沢のような森林も育たなかったわけだしね」

太郎「今日、南木曽町では縦幕をあちこちに貼って大騒ぎになってた。上松も木曽の話題で盛り上がりたいな」
美林「それぞれの郷土の物語を、しっかり伝えられるように準備しなくちゃ。さあお仕事よ!」

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